テレビで

がんで亡くなった人の話を聞いていると、辛くなる。
身につまされる。
遺伝が関係しているらしいけど、生活習慣とも??

私は、毎年女性がん検診受けているけど、結果が郵送されるまでは
ドキドキしている。
一昨年、乳がん検診の再検通知が来て、総合病院に予約して受けた。
まず、マンモグラフィー。
左胸1回。しばらく待たされ、また映す。
右胸。終わって待たされ、映す。
別の場所へ移動して、カルテを提出。
超音波検診。ベッドに横になり、受けた。
左胸をやけにするなと思った。
10日後結果を聞きに行った。
異常なし。
これは、乳がんじゃないよ。
ホッとした。左胸には何かあったのは間違いない。
じゃ何なのよ、と、聞きたかったけど、安心しきって聞くのを忘れた。
去年は放置した。
理由は、待ち時間が凄く長かったので、疲れてしまうのが嫌だった。
それだけ。遠いのもあるけど。
一般的に言われている乳がんの症状は全くなかったのもある。
数か月してから、手紙が来た。
アンケートで、再検に行かなかった理由を書くものだった。
ただ、該当する項目に〇をするだけだったけど。
検診場所が遠いのと、症状がないからに、〇をした。
今年も受ける。
今年度から、女性検診は予約検診になると、市の広報紙に書いてあったので、
4月に入って、すぐインターネットで予約した。
来月の半ばに受ける。
また、引っ掛かりませんように。

田植え

田んぼに水を入れて、耕した。

苗も、土曜日の11時過ぎに取りに行った。

後は、植えるだけ。

なのに、雨降ってた。

朝から。

しばらく様子見。

少し天気が回復してきたので、田植えをした。

義兄夫婦と、甥っ子、主人と私の5人。

まず、田植え機で植えて、終わったらお茶を飲んで午前終了。

昼から義兄が苗箱洗い機を買ってたので、それを借りて苗箱をセット。

私は、そういう機械があるとは全く知らなかった。

ちょっとの間見てたけど、早い!

その間、4隅を植えに行った。

田植え機で植えるけども、隅っこは植えることができないので、

人間が植える。

主人が来て、私がやっていた場所と違う隅で、植えていた。

先に主人が別の場所へ、トラックで向かった。

私も10分ぐらいしてから、自分の車で

同じ場所へ行った。

車が止まってて、よけて行こうとしたのだけど、

手押し車を押したおばさんが義姉と喋ってて、

迂回したら、途中通れなくて、バックし、

またも迂回。

まだ、そのおばさんがいた。

停車しているトラックの横に突っ立ているので、

横切るのを待っていたのだけど、そのままだったから、

内心イライラしてた。

仕方なく後ろに駐車して、歩いた。

義姉から、スイカをいただきました。

別の田んぼの4隅を植えて17時過ぎ終了。

やっと終わった。

後は、水管理と、苗の生育状況を見るだけ。

害虫がわいたら、農薬を振る。

2回航空防除がある。

打ち上げで、焼き肉を食べに行った。

そこで、親戚の人と偶然会った。

そういう偶然ってあるものなのね。

ビックリ。

5人で食べながら、話をした。

美味しいお肉でした~。

20時過ぎに帰り着いた。

あちこち筋肉痛で、段差がないところで、

こけそうになったり。

足が上がらなかったみたい。

とにかく無事に終わってよかった。

独身の時は、田植えは全くしたことがなかった。

あなた、田植えするの?ってビックリされるけどね。

農家に嫁に行ったから、しないといけないという感じでしてる。

先輩のしてること見ながら見よう見まねでね。

コメを作りだして、作る人の苦労や、楽しみがわかったような気がする。

まだまだ、ヒヨッコだけどね。

 

 

 

 

 

我が家では、猫を飼ってる。

名前はジェリー。

毛色は真っ黒で、性格は凄くおとなしい。

気が付くと、私の傍にいるの。

全くと言っていいほど「ニャ~。」と鳴かない。

アンアン、ア~ンって感じ。文字にするとすごく難しい。

息子が小学校低学年の時に近所から連れてきた。

当時はまだ子猫だった。

不思議なことにオス猫は、どっかへ行ってしまい、メスが残ってる。

ちなみに、ジェリーはメスだ。

何匹か子猫を産み、避妊手術をした。

毛色が白で、青い目の子猫が産まれたが、木から落ちて死んでしまった。

里親を探すのも大変だし、処分するのも可哀そうなので。

多分11歳くらいなのだが、この前など戸袋の上に上って降りられなくなり、

鳴いているところを脚立を使って主人が下した。

テレビで動くものが映ると、傍によってたまをとる。

時にはテレビの裏に行って、必死に眺めてる。

馬が映ってるときだったから、あれ、なんでいないの?って感じ

だったのかな。

食事は、カリカリを朝と夕方にあげている。

年齢的に高齢猫用がいいのだけど、近所にはいつも買っているフードは

高齢猫用が売っていないので、成猫用のを買っている。

高齢猫用のフードがあるにはあるのだが、もし、食べなかったら・・と

思うと買いきれない。

安くはないし。

少し車で走ればそれが、売っているのかもしれないが、

わざわざそれを買うためだけに車で行くのも、ガソリンが勿体無い。

ガソリンも結構高いしね。

はるか昔、別のフードを買ったことがあって、それを食べさせている頃から

排泄物が凄く臭いことがあった。

別のフードに変えたら、臭くなくなった。

家は、ジェリー1匹なので、月に1回くらいフードを買う。

時にはウェットも買ったり。たまにご飯に混ぜてあげてる。

カリカリばかりだったら飽きるかな、と思って。

食いつきはいいが、その後、まだ欲しそうにしてる。

ウェットだけだと、一度で終わりだもの。

何故かはわからないが、みそ汁が好きで、ついで置いていたら

ジェリーに野菜だけ残して綺麗に食べられた。

夕方フードをあげた後に、いりこをあげる。

結構 食べてる。

人間用なので、あまりあげないけど。

たまには魚とか。

海苔も好きで、海苔を食べてると寄ってきて、欲しそうにしてる。

人間の食べ物は猫には、あまりよくないので、少しだけあげる。

食卓であげると癖になるので、ジェリーが、ご飯を食べる場所で。

テーブルの上に乗ってる猫をたまにテレビなどで見るが、

私は、あまりそれは好きではないので、その前に注意する。

インターネットのケーブルで、玉を取るときは、怒る。

その時はやめるが、またやるので再度怒る。

この頃は、あまりしないけど。

ご飯時になると、フードが置いてある場所へ突進。

入れ物に入れて、台所の流しの下に置いてあるので、扉の取っ手に

足を乗せ、おねだりをする。

甘えた声で。

そのままだと扉を開けられないので、どけて、あげる。

 

 

 

 

 

 

 

梅雨入りかな

今日は特定検診の予約をしていたので、朝食抜きで

9時前に出ました。

まず、受付をして、尿を採取。

身長と体重を計測。

身長は去年より縮んで、体重は2kg増えてました。

逆ならいいのにな~、

ここ2年くらい体重が増えてきてる。

運動不足は否めないけど。

どこに行くにも車で移動だから。あまり歩かないな。

歩くと言ったら家の周りをウロウロするくらい。

ズボンが入らず、お腹を引っ込めて履いている。

なので、ズボンの上にお腹が乗っかってる。

あ~、カッコ悪い。

腹囲を測ると・・増えてる・・

メタボ・・保健指導かな・・。

しばらく待って診察、心電図、血液検査。

私は血管が出ないので、血液検査は憂鬱。

針を刺そうとすると血管が逃げるらしい。じっと見たことはないけど。

子供の時じっと見ていて貧血を起こして倒れたことがある。

余りにも出ないので、何回も刺されて痛い思いをしたことがある。

今回は上手な人だったみたいで一回でOKだった。助かった・・

終わった後、ご飯を食べ、免許更新のため警察署へ。

まず3枚の書類を書いて、提出。

しばらく待って視力検査。写真撮影。

長いこと待たされた。

待っている間ビデオが流れていたので見ていたが、

車が事故ってグチャグチャの映像とか流れて、嫌だった。

事故した時の記憶が現れて、何とも言えない気持ちだった。

10年近くも前なのに・・

講習の時、きっとそういうビデオ流すから、最後まで見れるか自信がない。

違反をしてるので、講習があるの。

 

 

ALS

もう、数年前の話だけれど、

私の父は、ALSだった。

最初、横になると、苦しくて眠れず、炬燵に突っ伏して寝ていた。

涎が凄く、そばにタオルをひいていた。

たまに私が実家に行った時も、ほとんどその状態で寝ていて、

傍目から見ても苦しそうだった。

きついの?と聞いても、大丈夫やと言ってた。

近所の人も心配して、病院へ行きやんと言っていたみたいだが、

反対に怒り出す始末だった。

行きやんとは、鹿児島の方言で行きなさいという意味。

長いこと辛抱していたようだが、辛抱しきれず病院へ自ら行くと

言い出したらしい。

行きつけの病院で別の大きい病院を紹介され、行ったところ

即入院。

数日後、主治医から話があるとのことで、母と病院へ向かったら、

はっきりとは言えないが、ALSの疑いがあります、とのことだった。

筋萎縮性側索硬化症。

最初聞いたとき、何?と思った。

初めて聞いた病名だったから。

症状としては、全ての運動機能が失われるとのことだった。

五感は全く失われない。

例えば、手をつねられて痛いと感じても手を払いのけることはできない。

自発呼吸ができないので呼吸器必須。

それがないと、死に至る。

頭をハンマーで殴られたような衝撃だった。

説明はしてくださったのだが、ほとんど頭に入ってこなかった。

母は、病名だけは聞いたことがあったみたい。

耳は聞こえても話はできないから、身振り手振りと、筆談だった。

意思疎通が、なかなかできなくて、ちょっとイライラしていたようだった。

呼吸器をはめたままだから、鬱陶しいのかよく手をやっていた。

外さないように誰もいない時は、拘束していた。

この病気は難病で、一進一退あり、治ることは現在のところない。

当時私は残酷だなと思っていた。

五感はあるのに、表現することができないのだから。

たまに見舞いに行けば、早く帰りなさいと言わんばかりに手を振っていた。

帰るときは父と握手して帰った。

私は、父と手をつないだことあったのかな、と一瞬思った。

段々状態は悪くなり、胃ろうにした。

しばらくは調子もよかったようだが、誤嚥性肺炎にかかり、

寝たきり状態になった。

何かの用事で主人と親戚の家に行ってる時に

息子の様子が気になって途中で家に帰った。

息子が、ばあちゃんから電話があったと聞いたので、即実家に電話。

父の状態があまりよくないので、このまま治療を続けるか、

それとも打ち切るかという相談だった。

私は、これ以上父の苦しむ姿を見たくない・と、泣きながら

言った。

見舞いに行っても、髭は生えたまま、涙を流した跡が、乾燥していた。

拭いてあげたかったが、傷ができるからと、母に諫められた。

病院に任せている以上、こちらは手を出せないと思っていた。

ある日の朝早く、携帯がなったのだが、タイミングがずれて、

出られなかった。

後程母から電話があり、危篤とのことだった。

母は、病院へ向かい、私は、そのまま家にいて、2人分の

弁当を作ったり、息子を駅まで送っていった。

先客があり、霊安室にはいられないとのことで、葬祭場まで。

私は、そこで母と合流した。

弟夫婦は、その日に飛行機でたち、夕方着くとのこと。

母がちょっと出ている間、主人に電話連絡をした後、

泣いた。

いつの間にか眠ってた。

それからが忙しかった。

いろいろな段取りや、弔問客の対応等々。

叔父叔母も来てくれた。

食事をしながら話を聞いてはいたのだが、私が倒れてしまった。

しばらく寝かしてもらい、目が覚めたので、引き止められたのだが、

家に帰った。

風呂に入りたかったのだが、気分がすぐれず入るのをやめ、

息子を弔問に連れていった。

その前にひと悶着あったんだけどね。

深夜0時前だったので、寝てるわけないけど、寝てるかもと

思い、そ~っと葬儀場のドアを開けたら、弟と目があった。

どっちもビックリ。

少し息子は弟と会話。

線香をあげた後、息子に叔父叔母を紹介。

どちらも初対面なので。

何とか無事に家に帰りつきました。

唯一の救いは父の死に顔が穏やかだったこと。

今も後悔してるのは、父のことではなく、

息子のことを優先にしたこと。

前に母から言われたことだったんだけどね。

希望は、この病気の治療法が確立されますように。

いじめ

いじめられて、自殺しちゃう子供たち。

ニュースで見るたび、やるせない気持ちになる。

メモなどで、虐められてるの解ってるのに、認めようとしない

先生や教育委員会。

日記でいじめられたくないって、書いてあったのに教育委員会は、

認めず、1年半も経ってから自殺した子の両親の元へお詫びに行った

映像がニュースで流れていたけど、親御さんは、今更遅い、

と言ってた。

もし、私がその立場だったら、絶対許さないし、仏壇にお参りもさせない。

一瞬だが、虐めた子たちは、どうしてるのかな、と思った。

何も考えず、のうのうと生きてるのかな。

それとも、とんでもないことをしてしまった、と、後悔の日々かな。

後者だったらいいけど。

親とか周囲の大人は、気づいてあげられなかったのかな。

サインとか出してたと思うんだけど。

私も大した親ではないので、言えないけどね。

それにしても、教育委員会とか、先生って

当てにならないのね。

言い逃ればかりで、何も対策を取ろうとしない。

文科省が注意喚起すれば、慌てて弔問に来る。

そういう人たちばかりではないんだけど。

苛めをなくそうというスローガンは立派だけど、

私は、なくならないと思う。

そうなれば嬉しいけどね。

私は、昔虐められてたことがあった。

その当時のことは、あまり、はっきり覚えていない。

母に言わせれば、学校休んでたし、どうするの?と聞いたら、

私が、折角入ったから、卒業したいって言ったから何回か学校へ行って

先生方と話をしたんだよ、と。

何かで聞いたけど、余りにも辛いことがあったら、解離だったかな、

心が壊れる前に、その部分を忘れてしまうということがあるんだそうな。

私が当時そういう状態だったのかは謎だけど。

いつか、私の命が尽きる時にわかるのかな。

私を虐めていた子は、どこに居るのか何をしているのかも知らない。

いい人生歩んでなければいいけどね。

でないと、立つ瀬がない。

私は、聖人君子ではないので。

相手の幸せなんて祈ることもできないし、するつもりもない。

一生許すことはないな、きっと。

優しい子だと母から言われるが、本当はそうじゃない。

憎しみもあり、妬みや嫌な感情も持ち合わせている。

昔、ニュースで、虐められてて、数年経ってから、相手を殺して

逮捕されたニュースを見たことがあるけど、そこまでじゃない。

そんなことして、自分の人生を棒に振るなんて、馬鹿馬鹿しい。

その気持ちは、わかるけど。

そっち側にエネルギーを使うなら、相手を見返す方にエネルギーを

使った方がまし。

大体、自分が惨めじゃないですか?

人を虐めるのって楽しいのかしら。

そうする人の気持ちってわからないし、

理解しようとも思わない。

もし、虐められて辛い思いをしているのなら、

自殺しようって思うのなら、後1日でいいから生きてみて。

考えが変わるかもしれないよ。

四面楚歌と思っていても、きっとあなたの味方はいるから。

きっと、隠れて見えないだけ。

今つらくても、きっといいことあるから。

みんな唯一無二の存在で、いらない人間なんていない。